想像を絶する過酷な修行を成し遂げた、現存唯一の僧侶・塩沼亮潤大阿闍梨

1300年の間に2人しか成し遂げていない荒行「大峯千日回峰行」

宮城県仙台市に建つ慈眼寺の住職、塩沼亮潤大阿闍梨(だいあじゃり)をご存じでしょうか。1999年に、僧侶が行なう数ある修行のなかでも最も厳しいといわれる、奈良県吉野の金峯山寺での「大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)」を、翌年には「四無行(しむぎょう)」を成し遂げ、大阿闍梨の称を得た人物です。実は大阿闍梨の称を得たのは、金峯山寺の1300年もの歴史のなかで2人だけ。なぜそんなにも少ないのか、その理由はこの修行の過酷さにあります。

1987年に金峯山寺へ出家した塩沼亮潤大阿闍梨。幼い頃にテレビで観てから、“いつか自分も”と目指し続けてきた「大峯千日回峰行」に挑戦したのは23歳の時でした。「大峯千日回峰行」とは、往復48㎞、標高差1355mの山道を1000日間歩き続ける修行。1年のうち4か月間を修行期間と定めるため、成し遂げるまでには9年もの年月がかかります。

当時のことをうかがうと、「1か月後には爪がぼろぼろと割れ、3か月経つと血尿が出るほど衰弱していきました」と話す塩沼亮潤大阿闍梨。ほかにも40℃近くまでの高熱が出た日や熊に遭遇した日もあったのだといいます。

「大峯千日回峰行」「四無行」の達成、その先で感じた気付きとは

1999年9月、「大峯千日回峰行」を成し遂げた塩沼亮潤大阿闍梨。翌年には“食べず・飲まず・寝ず・横にならず”を9日間続ける「四無行」に挑みました。修行の内容の危険さから、生きて修行を終える確率が50%といわれる「四無行」ですが、2000年10月に見事成し遂げ、大阿闍梨の称を得ました。

厳しい修行のなかで気付いたことは、“ありがとうございます”や“すみません”、“はい”といった、人と人とをつなぐコミュニケーションの言葉の大切さだといいます。「よく反省し、感謝し、思いやりの心をもつ、これは頭では理解できても体得するのは困難です。私の場合、肉体的にも精神的にも極限の状態に追い込まれたことで学びました。自分自身を大切にするように、人を尊重することを忘れてはいけない。世界中の人・国・文化・宗教が、互いに感謝し、反省、敬意の心をもち、助け合う、そんな社会になることを願います」。